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二胡の名曲|二泉映月・賽馬ほか必聴の旋律

更新: 椎名 奏
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二胡の名曲|二泉映月・賽馬ほか必聴の旋律

二胡は、2本の弦と1本の弓だけで人の歌声に近い抑揚を生む中国の擦弦楽器である。フレットを持たない構造だからこそ、滑らかなしゃくり上げや細かな音程変化が生き、悲しみも躍動感もひとつの楽器で描き分けられます。

二胡は、2本の弦と1本の弓だけで人の歌声に近い抑揚を生む中国の擦弦楽器である。
フレットを持たない構造だからこそ、滑らかなしゃくり上げや細かな音程変化が生き、悲しみも躍動感もひとつの楽器で描き分けられます。
海外向けの和楽器ワークショップで二胡奏者と同じステージに立った際も、賽馬の撥弦で客席が一気に沸き、直後の二泉映月で会場がすっと静まり返る落差を目の当たりにしました。
二泉映月の阿炳と1959年作曲の賽馬を軸に、その表現の幅と名曲の系譜をたどっていきましょう。

二胡の名曲が「魂を揺さぶる」理由と選び方

二胡の名曲が胸に残るのは、技巧が派手だからだけではありません。
2本の弦を弓でこするだけの擦弦楽器なのに、フレットのない指板を左手が滑ることで、歌のような抑揚やしゃくり上げが生まれるからです。
初めて生演奏を聴いたとき、その手の動きが音程を揺らす様子を目で追ううちに、「人の声に近い」と言われる理由が視覚の側から腑に落ちました。

人の声に最も近い楽器と言われる理由

二胡は2本の弦を弓でこすって鳴らす擦弦楽器で、しかもフレットを持たないため、音の高さを段差なく動かせます。
だからこそ、まっすぐ伸ばした音の途中に小さなしゃくり上げや沈み込みを入れられ、喜びや哀しみの輪郭がそのまま音になるのです。
三味線のレッスンで生徒から「二泉映月みたいな曲を三味線でも弾けるか」と聞かれたことがありましたが、その問い自体が、二胡の名曲がどれほど「声に近い音色」と結びついて受け取られているかを物語っていました。

名曲を理解する3つの系譜

名曲は大きく『伝統民間曲』『劉天華が確立した近代曲』『20世紀後半の現代曲』の3系譜に分かれます。
阿炳ら市井の音楽家が伝えた流れは、土地の記憶や生活の痛みを濃く残し、劉天華の流れは二胡を独奏楽器として前に押し出しました。
さらに戦後に広がった現代曲は、技巧の見せ場や情景描写をいっそう鮮やかにし、賽馬のような速い作品で楽器の機動力まで示します。
この区分を知ると、曲名が単独の作品名ではなく、時代ごとの表現の積み重ねとしてつながって見えてきます。

代表格の二泉映月は、1893年に江蘇省無錫で生まれ、30代半ばで失明した阿炳(本名 華彦鈞)の代表作です。
無錫の名泉「天下第二泉」に映る月を主題の5回変奏で描き、同じ旋律が少しずつ濃くなっていく構成が、静かなのに深く沈む余韻を生みます。
対照的なのが1959年に黄海懐が作曲した賽馬で、モンゴル草原の競馬を速いテンポで描き、弓を使わず弦をはじく撥弦で馬のいななきを模す場面が鮮烈です。
近代二胡を確立した劉天華(1895〜1932)は47曲の練習曲と10曲の独奏曲を残し、良宵、空山鳥語、光明行、病中吟のように、技巧と抒情を同じ地平で響かせました。

ℹ️ Note

中国十大名曲は、良宵・聴松・二泉映月・空山鳥語・月夜・病中吟・三宝仏・寒春風曲・光明行・流波曲の10曲です。まずここを押さえると、二胡の定番がどの方向に広がっているかを見通しやすくなります。

気分・場面別の名曲早見表

聴く順番に迷うなら、気分と場面で選ぶのがいちばん自然です。
泣きたい夜には二泉映月や江河水、細かな音の揺れまで味わいたいなら二泉映月の変奏の積み重ねがよく合います。
技巧に圧倒されたいなら賽馬、明るい気分で耳を開きたいなら良宵や光明行が入りやすいでしょう。
和楽器のレッスンでは、こうした入口を示すと「曲名は知っていてもどう聴けばいいか分からない」という壁が下がりやすく、そこから背景の物語へ進む流れが作れます。

気分・場面合う曲聴きどころ難易度の目安
泣きたい夜二泉映月、江河水深い抑揚と余韻中級〜上級
技巧に圧倒されたい賽馬速いテンポ、撥弦の迫力上級
明るく聴きたい良宵、光明行伸びやかな旋律、前向きな空気初級〜中級
名曲の全体像をつかみたい中国十大名曲歴史の流れと代表作の幅まずはここから

初めて二胡を聴くなら、良宵から二泉映月、そして賽馬へ進む順番がおすすめです。
同じ二胡でも、静けさ、哀しみ、疾走感がここまで違うのかと実感できるはずです。
曲名だけで終わらせず、背景の物語まで知ってから聴いてみてください。
音の温度が、少し変わって聞こえます。

二泉映月|盲目の音楽家・阿炳が遺した二胡の頂点

二泉映月は、1893年に江蘇省無錫で生まれた阿炳(本名 華彦鈞)の生涯と、その喪失感をそのまま音に変えた代表作です。
35歳頃に両目を失明し、街頭で弾きながら生計を立てた経験が、ただ悲しいだけではない、耐え続ける音の芯をつくりました。
無錫・恵山の麓にある天下第二泉の景と、見えない目で月を思う心象が重なり、二胡の表現力を極限まで引き出す一曲として受け継がれています。

阿炳の生涯と『心の曲』

阿炳は1893年に江蘇省無錫に生まれ、幼い頃から父に音楽を学びました。
だが、35歳頃に両目を失明し、以後は街頭で演奏して日々をつないだのです。
その境遇は、単なる不幸話として曲を暗くしているのではありません。
音を頼りに世界を受け止める生活が、旋律の一音一音に重みを与え、聴く側にも胸の奥に沈むような哀感を残します。
阿炳自身がこの曲を『心の曲』と呼んだとされるのは、技巧の見せ場より先に、言葉にならない感情をそのまま音へ移したかったからでしょう。
夜更けに照明を落として通しで聴くと、3回目の変奏で旋律が一段高く張り上がる瞬間に、思わず息を止めてしまうことがあります。
変奏曲という形式が、感情の揺れを頭ではなく身体で理解させてくれるのです。

曲名『二泉映月』が描く情景

『二泉映月』の『二泉』は、無錫・恵山の麓にある名泉、天下第二泉を指します。
そこに映る月が『映月』であり、曲名そのものが風景を差し示しているわけです。
ただし、この作品が面白いのは、実景の描写だけに収まらない点にあります。
水面に月が浮かぶ静かな景色は、同時に、見えない目でなお月を思い描く盲目の作者の内面でもある。
つまり、泉と月の組み合わせは、外にある風景と内にある風景を二重に重ねた言葉なのです。
和楽器ワークショップで海外参加者にこの曲を紹介したとき、説明を重ねる前に曲だけで涙ぐんだ人がいました。
旋律そのものが、背景の哀しみや憧れまで伝えてしまう。
その事実に、あらためて驚かされます。

5回の変奏が生む感情の高まり

この曲は主題を5回変奏していく変奏曲形式で、同じ旋律が回を重ねるごとに抑揚と起伏を増していきます。
静かなつぶやきから始まり、少しずつ息を吸い込むように音域を広げ、最後には慟哭に近い高まりへ導かれる流れが核心です。
重要なのは、派手に別の旋律へ飛び移るのではなく、繰り返しの中で少しずつ景色を変えるところにあります。
二胡は2本の弦と弓だけで人の歌声に近い抑揚を生み、フレットを持たないからこそ、しゃくり上げや無段階の音程変化が自然に出せます。
その特性が、この曲の感情曲線を支えているのです。
二胡を象徴する一曲として国内外で愛され、初めて二胡に触れる人が『いつか弾きたい』と憧れるのも納得できます。
まず通して聴き、そのあとで変奏の切れ目を意識して聴き返してみてください。
構成の妙が、驚くほど鮮やかに立ち上がります。

賽馬|草原を駆ける馬を描く超絶技巧の代表曲

賽馬は1959年に黄海懐が作曲した現代曲で、モンゴルの草原を疾走する競馬の情景を、二胡ならではの機動力で描き切る作品です。
優しくしっとりした音色を想像して聴くと、その印象は鮮やかに裏切られるでしょう。
速いテンポと跳ねるリズム、そして技巧の切れ味が前面に出るため、二泉映月の静けさと対にすると、この楽器が持つ表現幅の広さがいっそう見えてきます。

一曲で情景が浮かぶ『描写音楽』の魅力

賽馬の面白さは、旋律を美しく並べるだけでなく、草原の風や馬群の勢いまで聴き手の頭に立ち上げるところにあります。
音が進むたびに景色が変わり、馬が近づき、駆け抜け、また遠ざかる感覚がある。
こうした描写音楽としての作り込みがあるからこそ、1959年という時代に生まれた現代曲でありながら、今聴いても映像的な鮮明さを失いません。
ステージ袖で本番を見たときも、客席の空気が一気に前のめりになり、最後まで勢いを切らさず走り切った瞬間に笑みと歓声がこぼれていました。
技巧曲が単なる難しさの披露ではなく、聴く側を巻き込むエンタメとして成立する、その強さを実感した場面でした。

馬のいななきを表す撥弦のテクニック

聴きどころとして外せないのが、弓を使わず左手で弦をはじく撥弦(ピッツィカート)です。
ここで生まれる鋭い粒立ちが、馬のいななきや足音の跳ね返りを思わせ、曲の情景を一段と具体的にします。
中盤でこの技巧が炸裂すると、ただ速いだけの曲ではなく、音そのものが語り始めるのです。
自分でも真似してみたことがありますが、左手だけで澄んだ音をこれだけ均一に並べるのは想像以上に難しく、指先の余計な力みがすぐ音に出ました。
賽馬が難曲と呼ばれる理由はここにあります。
速いテンポに乗せて跳ねるリズムを崩さず、運弓も細かく返し続けるには、指・腕・耳の全部を同時に働かせなければなりません。
だからこそ、発表会やコンサートでは弾き手の腕の見せ場になりやすいのです。

後年生まれた改編版と『戦馬奔騰』

賽馬には複数の版があり、後年に旋律が手直しされた版が広く演奏されています。
こうした版の違いは、曲がひとつの固定された作品というより、演奏現場の中で磨かれ続けてきたことを示しています。
草原の勢いをどう濃く見せるか、どのフレーズで馬の躍動感を前に出すかという判断が積み重なった結果、現在よく耳にする形が育ったわけです。
さらに同系統の馬を題材にした技巧曲として『戦馬奔騰』も知られており、こちらは戦場を駆ける軍馬を描いた陳耀星の名曲です。
賽馬が草原の祝祭なら、『戦馬奔騰』は鋼の緊張を帯びた疾走だと言えるでしょう。
二泉映月のあとに賽馬を聴くと、同じ2弦の楽器からまるで正反対の世界が立ち上がります。
静と動を対にして聴くことが、二胡の表現力を最短でつかむ近道です。

劉天華が切り拓いた近代二胡の名曲

劉天華(1895〜1932)は、二胡を伴奏や民民芸能の脇役から、ひとりで聴かせる独奏楽器へ押し上げた改革者でした。
47曲の練習曲と10曲の独奏曲は、その転換を理念だけでなく、実際に弾ける技術体系として残した点に価値があります。
近代二胡の土台は、彼が音の扱い方そのものを組み替えたところから始まったのです。

二胡を『独奏楽器』に高めた改革者

劉天華の仕事が画期的なのは、二胡の役割を「伴う音」から「語る音」へ変えたことにあります。
旋律をなぞるだけではなく、音色の切り替え、装飾、跳躍、間の取り方までを磨き上げ、舞台でひとつの楽器が感情の流れを完結できる状態へ近づけました。
だからこそ、彼の曲は技巧の見せ場で終わらず、聴き手に「二胡はここまで表情を出せるのか」と感じさせます。

大晦日の即興から生まれた『良宵』

代表曲『良宵』は、1928年の大晦日(除夕)に、友人と過ごす喜びをその場で即興的に形にした小品です。
明るく軽快な旋律が、後半に向かうほど少しずつ高揚していき、年越しの浮き立つ空気をそのまま音に置き換えたように響きます。
知人が「年末になると『良宵』を流したくなる」と話していたのに強く共感して、実際に大晦日に聴いてみたことがありますが、即興で生まれた曲とは思えない構成の良さと祝祭感があり、年をまたぐ時間に毎年静かな支えをくれています。

鳥の声と光を描く『空山鳥語』『光明行』

『空山鳥語』は、人けのない山に響く鳥のさえずりを二胡で描いた技巧曲です。
装飾的なフレーズが連続し、音が形を持った鳥の動きのように聞こえてきます。
譜面を追いながらこの曲に触れたとき、鳴き真似を音符へ落とし込む発想の鮮やかさに驚き、和楽器にもある擬音表現との近さを考えさせられました。

『光明行』は、前向きで力強い行進曲調の名曲です。
重く沈みがちな二胡の印象をひっくり返し、明るさや推進力も表現できることをはっきり示しています。
『病中吟』(1918)が病床の鬱屈と将来への迷いを抱えた抒情曲であることを思うと、良宵の祝祭感、病中吟の翳り、光明行の前進が一人の作曲家のなかで並び立つ構図は見事です。
劉天華の曲は伝統民間曲ほど暗くなく、技巧と抒情の釣り合いがよいものが多いので、二泉映月の重さに浸ったあとに聴くと、二胡の明るい魅力がぐっと広がります。

哀愁と情景を描く伝統の名曲たち

江河水は、二泉映月と並べて語られることが多い伝統の名曲で、深い悲しみの底に悲憤まで滲む独特の哀切さを持っています。
初めて通して聴いたとき、ただ泣けるだけではなく、感情が内側からせり上がってくるような重さに圧倒されました。
二泉映月とは別の種類の「怒りを含んだ悲しみ」があると知ると、同じ哀感でも曲ごとに輪郭がまったく違って聞こえてきます。
泣ける二胡曲をもう一曲挙げるなら、まず名前が上がるのはこの曲でしょう。

二泉映月の姉妹篇『江河水』

『江河水』は東北地方由来の名曲として知られ、凄涼という言葉が似合うほど、冷えた空気の中に沈むような情緒をたたえています。
ただ悲しいだけでなく、やるせなさや抗えない現実への憤りが混ざるので、旋律が進むほど胸の奥が締めつけられるのです。
だからこそ二泉映月の「姉妹篇」と呼ばれ、二胡の哀しみを代表する一曲として残ってきました。
伝統曲の悲しみは一枚岩ではなく、こうした複雑な陰影の差にこそ聴き分ける面白さがあります。

阿炳のもう一つの名曲『聴松』

『聴松』は二泉映月と同じ阿炳の作ですが、こちらは抗日戦争期に作られた力強く前向きな励志的作品です。
阿炳といえば沈鬱で切ない旋律をまず思い浮かべがちですが、この曲に触れると、その印象は一気に広がります。
悲しみを深く知る作曲家だからこそ、ただ沈むのではなく、逆境の中で背筋を伸ばすような音を書けたのではないでしょうか。
聴松を聴くまで阿炳=悲しい曲という思い込みがありましたが、力強い旋律に出会って作者像が一変し、一人の作曲家を複数の曲で立体的に捉える大切さを学びました。

物語を秘めた『漢宮秋月』『月夜』

『漢宮秋月』はもともと琵琶などで奏でられた古曲で、古代宮廷の女性の哀愁と寂寥、どうにもならない人生の寂しさを描きます。
二胡に移されると、声に近い音色が細かなため息や沈黙の揺れまで拾い上げ、曲の情感がいっそう近く感じられるのが面白いところです。
『月夜』は劉天華が静かな夜の情景を抒情的に描いた一曲で、月明かりの下に漂う気配をそのまま音にしたような静けさがあります。
江河水の慟哭、聴松の力強さ、漢宮秋月や月夜の静謐と、伝統名曲には「泣く・奮い立つ・しみじみする」の多彩な表情がそろっています。
中国十大名曲にも数えられるこれらは、二泉映月や賽馬の次に聴き広げる候補としておすすめです。
気分に合わせて選べるよう、それぞれが担う感情の役割を覚えておくと、選曲がぐっと楽になります。

名曲を楽しむ:聴く順番と弾ける曲への第一歩

二胡の名曲は、聴く順番を少し工夫するだけで入口がぐっと入りやすくなります。
まずは良宵で明るい音色に耳を慣らし、二泉映月で静かな深みを味わい、賽馬で躍動感を受け止めると、明・静・動の三面が自然につながって見えてきます。
弾く側も同じで、名曲をいきなり目標にするより、易しい曲から段階を踏んだほうが長く楽しめるでしょう。

初めての二胡名曲・聴く順番

初めて二胡名曲をまとめて聴くなら、『良宵→二泉映月→賽馬』の順がわかりやすいです。
良宵の明るさで音の輪郭をつかみ、二泉映月の静かな余韻で二胡らしい歌心に触れ、賽馬の勢いで弓さばきの表現力に驚く流れになるからです。
最初から重い曲だけを続けて聴くと印象が沈みやすいので、性格の違う三曲を並べると、楽器の幅が見えやすくなります。
聴き比べの入口としてもおすすめです。

奏者で変わる名曲の表情

同じ二泉映月や江河水でも、奏者が変わると曲の顔つきが大きく変わります。
二胡には演奏様式を確立した名演奏家がいて、音をまっすぐ押し出す人もいれば、声のようにしなやかに歌わせる人もいます。
その差が出るからこそ、名曲は一度聴いて終わりになりません。
複数の演奏を聴き比べると、旋律の置き方、間の取り方、音の湿り気まで違って見え、作品の奥行きが立ち上がってきます。

『弾いてみたい』初心者の第一歩

二胡を習い始めた友人が、最初から二泉映月の楽譜を買って数日で挫折したことがあります。
難曲は憧れとして取っておき、最初はちょうちょうや上を向いて歩こう、千と千尋の『いつも何度でも』のようなゆったりした曲で、左手と弓の動きを体に入れるほうが続きやすいのです。
発表会で初心者が上を向いて歩こうを伸びやかに弾き切ったとき、客席の反応だけで、難曲でなくても二胡の良さは十分伝わるのだと確信しました。
まずは正しい姿勢、弓の使い方、音程を安定させる基礎を固め、検定や教本の易しい曲で一歩ずつ近づいていきましょう。
名曲は、聴いて背景を知る、弾ける曲で楽器に慣れる、憧れの曲に挑戦する、という順で味わうと挫折しにくいです。

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椎名 奏

邦楽系大学で三味線を専攻し、尺八にも傾倒。和楽器の演奏・指導経験を活かし、伝統楽器の魅力と始め方をわかりやすく発信するフリーライターです。

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